-むねお 勇気を出して、ここにいる話-

ぴとぅブログリレー、今回の当番は、むねおです。

初めましての方は、初めまして!ネット上でしかご挨拶できていない方も含めて、そろそろ皆に会いたいです!
近況をまったく知らない人ばかりですが、みなさん元気にしてますか?

まず自己紹介

むねおです。ぴとぅ2年生です。(よさこい3年生のぺーぺーです)
東海支部(支部長(^^;))、ウェルカム班、カメラ部、メディカルチーム(最近できた)に所属しています!え、こうやって見ると所属多すぎですねw
練習期間中は、名古屋→大阪に月6-8回通う愚か者です(‘ω’) しょっちゅういますけど、名古屋在住なんです。夜勤明けでも行くので、それなりにコンディション悪い日が多いですw

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今回ブログ当番を担当させていただくのにあたって、まー考えました。
書くなら結構重い話も書くのかなと自分の中で思うので、あんまり見たくなかったり興味の無い方は、読まずにおいてください(*’▽’)

ぼくとよさこいとの出会い

ぼくは典型的な『よさこいを踊ってる踊り子に元気をもらった人』です

愛知県出身のぼくにとって、『よさこい』=『どまつり』でした。
高知が本場っていうのは知ってました!が、教科書で『本場のよさこいは高知』って習ったくらいの知識。
名古屋でどまつりが始まったのは1999年、当時大学生で愛知にいなかったぼくが最初にしっかりどまつりを観て感動したのは2004年。いろいろあってニートになって、割といろいろ落ち込んでいたぼくが、『よさこいに感動して元気をもらった』初めての経験でした(*^^*)
たぶん初めて観たのは『笑“』さんの演舞だと思うんですけど、

「なんだ!この楽しそうな人たちは!」

と衝撃を受けてから、『よさこい』に何となく興味を持つようになりました。
そして、この演舞を観たのをきっかけに将来のことを前向きに考えられるようになり、結果いまの仕事に就きました。

続ける勇気を持てなかった当時

そのあとなんだかんだあって、2012年のどまつりを観て凄くカッコいいチームがあったので、思い切って某どまつりチームに入ろうと2チームほどチャレンジしてみたのです。結果、お仕事と両立できずに諦めたんですけど(‘_’)
飛び込む勇気はあったけど、続ける勇気が無かったと、いまでは思います。
当時、もし軌道に乗っていたら、もしかしたら夢源風人には興味を持たなかった…かもしれないです。

高知に初めて行ったのは2013年の夏。
そこで初めて観た本場のよさこい祭りは、なんてゆうか感動的でした。追手筋で泣きながら踊る姿を観て、「世の中には、大人でもこんなに夢中になれることがあるんだ!」と驚き、また行きたいと強く思いました。

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当時とても印象的だった、能登和っちゃさん

次に高知に行ったのが2017年。
そしてその年、夢源風人と出会いました。

夢源風人との出会い

2017年、その当時『も』ぼくは無職でした(‘_’)笑
その頃は、まあ相当に病んでたとゆーか、表現は難しいですけどまあ病みきってました。
この年に高知に行かなければ、今、どうなっていたんでしょう?生きていないかもしれません。
色んな目的を失っていて、リフレッシュ的に各地のお祭りを巡ったりした中で「ああ、もう一度だけ本場のよさこいを観たいな」と思い、立ち寄った高知。そこで出会った、一際目にとまるチーム。カラフルな衣装、素敵な曲と笑顔、

『夢源風人』のチーム名に一瞬でココロを奪われました

当時は全然よさこい祭りのシステムを知らず、高知のチームだと思い込んでいたけど、調べてみたら実は大阪のチームとゆーことを発見。「また観たい!」と思い色々な祭りを追いかけて、結果その年はただのストーカーになりました。当時はご迷惑おかけしました(‘ω’)笑
この出会いをきっかけに、ぼくはよさこいの事を真剣に好きになり、『生きる糧』というと重たい表現なんですけど、沼の底に沈んだ気持ちから浮き上がることができたんだと思います。

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夜の帯筋でココロを奪われた(本人無許可)

そして、踊り子へ…

『高知』が、もう一度入る勇気と、続ける勇気をくれました

そんな流れで、「自分もあんなふうに高知で踊ってみたい!」と思い、再び踊り子に挑戦をしました。
2018年、やいろさん(同年解散)でお世話になり、下手っぴながら何とか1年乗り切りました。
よく言われた事は『むねお(仮)さん、迷子になってます!』
自分でも、よくやれたなと思うし、よく最後までやらせてもらえたなって思います…(‘_’)
できない部分はとにかく練習したけど、とりあえず体力だけはつきましたw

踊り子として迎えた初めての高知は、狂ったように暑くて、帯筋で意識飛んじゃうんじゃないかと思ったり、夜の商店街が美しかったり、最後の追手筋で号泣したり…
2013年に追手筋で観た涙を流しながら踊る踊り子さんと、同じように自分も踊っていました。
高知は、踊り子として参加しても、やっぱり最高でした。

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名古屋から高知に来てくれた後輩ちゃん。まさか本当に来るとはw

そしてついに、2019年に夢源風人に参加しました。

夢源風人に入るのは、小心者のぼくには勇気が必要でした

やいろさん解散パーティーで『来るよね???』と、一部のぴとぅメンバーからグイグイ来られたことは、忘れません…笑(とてもプレッシャーを感じました)
でも、みんな踊り上手いし!すごく表情すてきだし!大阪の人怖いし!w あんな中に入っても、ぜったい足引っ張るし!入りたいけど、入るのにはぼくの中でとても勇気を出した行動でした。
趣味の集まりで『足を引っ張る』というのも不思議な表現ですが、好きであればあるほど、そんな感情は生まれるかもしれません。

案の定、入った当初は踊れなさ過ぎて大いに心配されたと思います(‘ω’)
ここでも同じように、下手なりにとにかく必死で練習しました。
名古屋から通ってるのを言い訳に、なかなか周りに喋りかけられない日々…ようやくみんなと喋られるようになったのって、お披露目の時ですね。やっぱ飲み会の力は偉大ですw

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(ちなみに撮影時の記憶はありません)

でも、続ける勇気を出せたのって、下手っぴな自分に諦めず教えてくれた人や、ビビりで人見知りな自分とも仲良くしてくれた人や、なによりも『高知の楽しさ』とゆーご褒美があるから頑張れたのかと思います。あと、大阪の人は怖くありませんでしたww

よさこいを始めたことで世界が広がったことを実感してるし、知っている人が客席にどんどん増えて、自分を見て笑顔をくれるって、とても幸福なことだなって思います。夢源風人に入ってからは、より世界が広がったのを、とてもとても実感しています。
よさこいに関わった期間は短いけど、もうよさこい無しでは生きられない身体になってしまいました(‘_’)

東海支部に込めた願い。

2019年の7月の某日。
現代表のかなーみさんから「東海支部、やらん?」と声をかけられたあの日、忘れません。
それまでも、なんとなーく東海支部の話はいただいてました。
でも、正直あんまやる気なかったです(‘_’)
自信なかったし。あ、自信ないのは今もですけど。
自分にとって救いとなったのは、『支部をどういう形でつくっていくか』と具体的なテーマを与えられなかったこと。いまでも、それについて誰かと明確に話したことはありません。だから、ここで初出しになりますが『誰かの居場所』をつくる事が、ぼくにとって『支部をつくること』になりました。

やってみようかなと思ったのは、誰かのため

表向きにはいろいろと理由を言ってますが、決断した理由は2つ。
地方のメンバーさんのためと、『100年続くよさこいチームをつくる』って願いを聞いたとき、じゃあ100年続くチームをつくるために自分には何ができるんだろうと考え、やることに決めました。
演舞を揃えたいとか、そういうことももちろんあります。
でも、それよりも『支部があってよかった』と思ってもらい、『夢源風人に入りたい・支部があるから続けられる』と思ってもらったら、こんなに嬉しいことはありません(アムロレイ風)

いまのところ、東海支部はほとんど活動できてません…_| ̄|○ 練習よりも、ごはん食べに行ってるほうが多いかも?
最近では、くびれを作るエクササイズなんかしてます!(よさこいは?)
でも、支部を運営することで繋がりが増えて信頼できる人も増えて、今年は大変な年だけど、大変な年だからこそ支部立ち上げて大正解だったなーと思ってます!

支部だけど、夢源風人の中の1人として

今後、支部がどうなるか?は、しょーじき何も決まってません、決めてません。
基本的に、支部はあくまで大阪本体のサポートで、支部だけで祭りに出る事は考えていないけど、支部だけで隊列錬をすこーしできると活動の幅が広がるなーと、勝手に思ってます(*’▽’)
そのためにも、支部をある程度認知してもらえるように活動の記録をリリースしていきたいと思ってます!

今年入った人は、中々モチベーションが上がらないと思うけど続けてほしいですね。
高知は『たまらん』です(東海メンバー談)
なんかもう、すべてが別物。いまは休息期間だけど、せっかく勇気を出して夢源風人に飛び込んでくれたので、みんなで一緒に高知でまるまんてんを踊って『たまらん』思いをしたいです(*^^*)

チームメンバーも、見学者さんも、冷やかしさんも練習会でお会いできる日を待ってます(#^^#)

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支部の練習?風景(‘ω’)

そんな流れで大好きになった、夢源風人。
夢源風人に出会えたから、本当によさこいが好きになった。もう一度、よさこいをしてみたいと思えるようになった。チャレンジする勇気や、生きる活力が湧いた。
いまでは、ぼくのココロの支えになっているし、大切な場所になっています。
だから、ぼくの活動を通じてだれか1人でも元気になってもらったり、よさこいを、夢源風人を好きになってもらったら、それだけでぼくの活動は成功だと思っています(*´▽`*)


たくさん役割があってワケわからないですけど、『目には見えない思いのつながり』を大切に、大阪でも東海でも他の地域でも、同じ『夢源風人』の1人として活動していきたいと思います。

以上、むねおでした。ながーーーい文章、読んでくださってありがとうございました。
また、練習で、飲み会で、祭りで、笑顔で会いましょうね(*^^*)

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また笑顔で集まりましょう!

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